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東京高等裁判所 昭和40年(ネ)563号 判決

そこで進んで、古買戻の契約を締結するに際して、津田松之助のした意思表示に要素の錯誤があり、右契約は無効であるとする被控訴人らの主張について判断する。

(一) まず右買戻の契約が成立するにいたるまでの事情およびその後の経過についてみるに、前に説示した事実に、証拠ならびに弁論の全趣旨を総合すると、次の事実が認められる。

(1) 昭和三〇年五月二四日、津田商店、津田松之助、安次および控訴人の四名の間に成立した代物弁済等の契約は、安次が津田商店に対して負担する買掛代金債務六七〇万円の弁済については、(イ)右代金債務のうち金四七〇万円については安次所有の山林二筆五反九畝一五歩と控訴人所有の本件土地をそれぞれ坪当り金一、五〇〇円と評価して代物弁済にあてる、残余は安次所有の農地を他に処分して現金で支払う、(ロ)本件土地は農地であるため、津田商店の代表者であつて農業を営む津田松之助個人にその所有権を移転する、(ハ)その余の代金二〇〇万円は安次に弁済の資力があるようになるまで、弁済を猶予する、旨を内容とするものであつた。右のうち安次所有名義の山林および農地については右契約成立後間もなく約旨のとおり処理されたが、本件土地は農地であつて所有権移転には知事の許可を要するところ、その所有者たる控訴人が代物弁済による所有権移転および仮登記の効力を争つたため、約旨を実現することができず、地元農業委員会に斡旋調停を求めたり、人を介してその実現を図ろうとしたが、控訴人が容易に承諾しないため、解決をみないままに歳月が推移していた。

(2) 右のような状態が続いているうち、昭和三六年秋頃、控訴人が諸種の事情を考慮したうえ、本件土地を買戻し、仮登記を抹消したいと考えるにいたり、叔父にあたる訴外中島順一郎(当時七五才)に相談したところ、同人が仲介斡旋の労を取り控訴人の希望を達成させるべく活動することになり、その頃津田商店および津田松之助に対しその旨を申し入れた。津田商店および津田松之助としても、本件土地が前記のような状態のままにあるため、右申し入れを受け、右商店の代表者津田松之助は自己の弟であつて同商店の専務取締役の地位にある津田[金生]三をして同商店および松之助個人の代理人として折衝させることとし、右順一郎と[金生]三の両名がその具体的方策の協議をはじめたが、その際[金生]三は兄松之助の意を受け、本件土地の買戻しおよび仮登記の抹消をするについては、さきに棚上げした津田商店の安次に対する金二〇〇万円の債権を整理したいとし、多少長期にわたつても右債権の弁済期を定め(少なくとも毎年二〇万円ずつ一〇年の年賦払程度)、安次、藤田真弘、控訴人らにおいて連帯して支払の責に任ずる旨を約定すること、津田商店の安次に対する別口の売掛金一〇万五、七五〇円を現金で支払うこと、その他若干の条件を出し、これと同時に買戻代金を決めたいと申し出たところ、順一郎はこれを聞きながら、控訴人に右の条件を伝達せず、もつぱら買戻代金をいかほどにするかに重点を置き交渉を進めた結果、[金生]三は控訴人が前記条件を承諾することを前提として、右買戻代金を七五万円と申し出たところ、順一郎もその金額を妥当として控訴人に伝達する旨を約した。しかし、順一郎は依然として控訴人に対し右買戻しに関する条件を伝えず、ただ金七五万円で買戻しができるよう津田商店と下話をまとめたとだけ述べたため、控訴人もこれを諒承し、金三〇万円の現金を調達し、買戻代金を支払いたい旨を通知したところ、同商店および松之助の代理人たる[金生]三が昭和三六年一二月五日安次方にいたり、同人方で[金生]三と控訴人が直接面接し、控訴人は買戻代金七五万円の内金として金三〇万円を津田商店に支払うこととなり、同所で右金員の授受がなされた(この点は当事者間に争いがない)が、そのさい[金生]三としては仲介に立つた順一郎が控訴人に対し買戻しに関する条件を伝えているものと信じたため、改めて控訴人にその点の念を押さず、控訴人としてはそのような条件が問題となつていることを知らなかつたため、右席上では右条件については何らの話合いがなされず、もつぱら残金四五万円の支払時期などが話題とされたにとどまつた。

(3) 控訴人と被控訴人側との間に前記のような意思の疎通を欠いたのは次の事由によるものである。すなわち、前記昭和三〇年五月二四日の契約に際し、安次の方から「藤田商店を会社組織にし、被控訴人側からもこれに加わつてもらい、津田商店との取引を継続しながら藤田商店の再建を図ることにしたい。それについては、同商店の店舗・精米所等(安次ほか一名の共有名義)に設定してある抵当権を解除してもらいたい」との申出があり、被控訴人側ではこれに応じ、さきに同年一月一九日津田松之助を債権者として設定登記を経由していた右物件に対する抵当権につき、同年五月二八日抹消登記手続をした。前記五月二四日の契約には、前記のように安次側の六七〇万円の買掛債務のうち二〇〇万円については、安次側に弁済資力ができるまで支払を猶予する旨の約定が含まれていたが、それも津田商店との取引を継続しつつ藤田商店の再建をはかり、他日その再建ができた暁には、右二〇〇万円も弁済がなされるという構想を前提としていたものである。ところが、安次の側では前記五月二四日の契約後津田商店との継続的取引を再開することなく、他の業者と取引を開始し、前記抵当権設定後一か月も経たない同年六月二〇日には株式会社多木製肥所のため前記物件につき根抵当権を設定しその登記を経由した。このようにして、五月二四日の契約のいわば基盤ともいうべき両者間の友好的取引継続ということもなくなり、津田商店側では、控訴人側から本件土地買戻の話が持ち出された当時においても、控訴人側に対し強い不信感をもつており、好意的な態度をもつて臨むような状況下にはなかつたのである。松之助側において、本件土地の買戻代金を七五万円に譲歩するについては、さきに好意的に藤田商店の再建にいたるまで支払を猶予した二〇〇万円の支払時期、支払責任者をはつきりさせ、かつ、確実にするなど、いわば譲渡の代償ともいうべき条件をもち出したことは極めて当然のことであつたといえる。一方、控訴人の側としては、もともと本件土地の代物弁済は、父安次の津田商店に対する債務の一部のためになされたもので、控訴人自身としては快く承諾したわけではなかつたし、買戻交渉の仲介者である順一郎もそのことを充分に承知していた関係上、同人としては、松之助の側に対しては前記のような条件を付することを不当として撤回させることもできず、さりとて控訴人に対し松之助側の要求をそのまま正直に伝えにくい心境にあり、そのため順一郎が、前記のように松之助側に対すると控訴人側に対するとで、一貫性を欠く行動に出たものと推認される。

(4) 津田[金生]は控訴人から前記のようにして金三〇万円を受取り津田商店に帰つて松之助に対し以上の経過を報告し、ことにその席上では買戻しの条件が別に話題にならなかつた旨を述べたところ、松之助は、右条件のあることを両者間で確認し、あわせて将来における紛争の発生を防止したいと考え、直ちに中島順一郎に宛て右買戻しに前記のごとき条件が付せられており、右条件が履行されないときは買戻の契約を無効とする旨の書面を作成し、同人に郵送するとともに、その後たびたび前記約定の実行方を要望した。しかし、前記のように事前に右条件の付せられていることを控訴人に伝えなかつた順一郎としては、控訴人にその実現方を強く求めることもできず、あいまいな態度をとつていたが、控訴人もまた順一郎の態度に疑惑を抱き、その妻を直接津田商店に赴かせ事情を問いたださせたところ、津田商店側と順一郎との話合で買戻し契約には前示のごとき条件が付せられているため、その実行がなされない限り、たとえ控訴人が約定の残金四五万円を支払つても津田松之助において所有権移転、仮登記の抹消には応じられないとの意図をもつていることがわかり、そのため控訴人は残金四五万円を津田商店に支払うことを中止したものである。

以上の認定に反する〔証拠〕は、いずれも前示各証拠に徴しこれを措信せず、他に右認定を動かすに足る証拠はない。

(二) 右に認定した諸般の事情、とくに本件土地が昭和三〇年五月二四日成立した代物弁済等の契約に際し、その評価額が坪あたり金一、五〇〇円とされたこと、したがつて本件土地の公簿上の地積は三反三畝一二歩、すなわち、一、〇〇二坪であるから、その評価総額は当時においてすでに金一五〇万三、〇〇〇円であつたこと、その後買戻の契約が成立した昭和三六年一二月五日までに六年半の年月を経過しており、この間一般に地価が著しく高騰したことは当裁判所に顕著な事実であり、当審における控訴人尋問の結果によつても、控訴人は買戻の契約当時における本件土地の時価は二〇〇万円位であると考えていたことが認められること、津田松之助が肥料、飼料類の卸小売業を営む津田商店の代表者であり、その代理人となつた[金生]三も同商店の専務取締役の地位にあつたことなどを併せ考えるときは、もし本件において売渡しの意思表示をした[金生]三が右売渡しに何らの条件も付せられていないとすればその表意をしなかつたであろうし、また相手方である控訴人としてもそれを知り得たはずであり、しかもそれは取引社会における通常人の判断を基準としても右のように解するものと認めるのが相当である。したがつて、前示買戻の契約を締結するに際し津田商店および松之助の代理人たる[金生]三のした意思表示には重大な錯誤があつたものと認められ、右契約は[金生]三の要素の錯誤にもとずいてされたものでもつて、無効であるといわねばならない。

(多田 上野 岡垣)

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